2009年06月03日
嗜好品としてのキンマ
ビンロウジを薄く切って乾燥させたものとキンマの葉に、水で溶いた石灰を塗り、これを口に含み噛む。この時、好みにより他の香りのある木を細かく砕いたものや、非常に希であるがタバコの葉を混ぜることもある。噛んでいる間は渋みが広がり、大量に口中に溜まる唾はビンロウジの赤い色に変わる。飲み込まず頻繁に唾を吐き出すことでそれを処理する。ビンロウジには依存性があり、何回も用いると次第に手放し難くなる。また、使用することでアルコールに酔った様な興奮を催す。石灰を含んでいるため赤くなった唾液と共に歯にこびりつき、歯が褐色に変色する。また、常習によってあごに変形をきたす。最近ではキンマ噛みを行なうことにより、口腔ガンが発生しやすくなることも報告されているが、これらの副作用は主にキンマよりもビンロウジによるものである。
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キンマの文化
キンマは西洋文化が流れ込んでくる以前は、貴賤・年齢問わず広く用いられた。台湾では、キンマの常習であごが変形した先史時代の人骨が出土しており、その嗜好品としての歴史は極めて古い。子供でも物心がつくと用いることがあったほどであった。背景には熱帯性気候の中での重労働による労苦を癒す目的が有ったと考えられる。この異様なほどの普及はキンマ入れや痰壺の発展を生み出した。特にタイでは沈金の影響を受けて、竹で編んだかごに漆を何回も塗り、彫刻で模様を施した後に、彩漆を塗ったものの表面を削ってなめらかにしたキンマ入れ(蒟醤手)が作られた。16世紀からは産地が移行しミャンマーで盛んに作られるようになるが、これは日本にも輸出され、茶人に香入れとして愛用された。時代が下ると茶人の要求により日本でも讃岐キンマ(キンマ漆器)として生産され始めた。日本で発達した象谷塗りもこの系統を受け継いでいる。
このように高度に工芸品として発達したキンマ入れは特に東南アジアでは社会的地位を示す重要なもので、結納品としても重要な品の一つとなった。また格地には、キンマにまつわる言い回しも大きく残っている。
このように豊かな文化を生み出したキンマであるが、反面で歯が褐色に変わるため、また、西洋の文化の伝来と共に、噛んで嗜んでいるときに赤い唾液を吐き出すことから不潔な習慣ともみなされ、東南アジアや南アジアでも若者の世代を中心に廃れていった。また、口腔ガンの発生する確率が高くなるという現実もキンマ離れを促進した。現在でもキンマの愛好者は減少傾向にある。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
キンマの文化があったとは知りませんでした。
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